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大阪高等裁判所 昭和36年(ネ)163号 判決

大阪府羽曳野市碓井七二八番地の二

控訴人

吉川善行

右訴訟代理人弁護士

尾上実夫

被控訴人

富田林税務署長

津村兤男

右指定代理人

樋口哲夫

風見源吉郎

藤原末三

吉田周一

右当事者間の頭書事件につき、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

原判決を取り消す。

被控訴人が昭和二八年一月二三日附で、控訴人に対してなした昭和二七年度所得税に対する重加算税金二四三万一、五〇〇円の徴収決定はこれを取消す。

訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。

事実

控訴人は主文同旨の判決を求め、被控訴人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする」との判決を求めた。

当事者双方の主張および証拠関係は次に附加するほか、すべて原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。

(一)  控訴人の主張

(イ)  本件の主要争点は控訴人が昭和二七年度に型置場倉庫を使用していたか否かにあり、国税局査察部の調査を受けた昭和二八年四月三〇日当時には右倉庫を返還済のため、控訴人が前年度には材料置場として使用していた事実を認めず、単に岸壁倉庫の在庫品のみを認め、而も控訴人の事実と比較対照すべき同業者が多数存在するに拘らず、特殊な事実と誤解して十分な調査をせずに、控訴人に多額の利益があるものとの先入観を以て調査を進めたことは不当である。

(ロ)  棚卸材料高については、昭和二六年末棚卸材料表(乙第一六号証の二)のごとく、多種類にわたり在庫されており、その全金額を特に嵩さ高い硅藻土、岩綿の二種類の製品に換算してトラックに二五台余分としているのは当を得ないと同時に、硅藻土は嵩さ高の為、常に二トン内外の手持しかなかつた製品である。むしろ控訴人の表一のごとき重量となり、トラック一〇台程度で当然岩壁型置場両倉庫へ収容し得る量である。

右乙第一六号証の二記載の石綿布は昭和二五年末(二六年期首)棚卸二〇〇本中には、単価一万五、〇〇〇円、二万円、二万四、〇〇〇円の三種類が含まれており、棚卸当時総平均価額を単価として計上したものである。昭和二六年度中使用材料量および価額表(乙第一六号証の二)には、その三種類別に出ているので別の物件との誤解を生じたものである。尤も右の三種類中にも更に用途別に品質相違があるため、在庫品のみで補うことはできず、昭和二六年度中に六八、一本分の仕入をしている。

同様に岩綿紐についても、寸法および単価の異なる数多い製品があるので、一応総括的に五六、七トンで八四〇万円が二五年度末棚卸金額になり、二六年度中の使用量及び価額表は三大別にしており、尚同年上期より岩綿紐の値下りのため、平均時価にスライドして計算したものである。同年度末棚卸も同様に計上したものであるが、同年度中には不足寸法と用途品別に二〇、六トンの仕入れをした。

硅藻土および鉄板についても同様のことが言える。

以上の実情につき、該当単価のみに拘われ、その単価がないからとて在庫量および使用量を否定し、その第六六七万二、〇〇〇円とせられる計算は、実情および仕事の内容を知らないものである。

(ハ)  請負金額に対する利益率および材料率について考えてみると、先づ利益率は当時は同業社五、六社が競争見積りをして最低値に落札する方針であり、各社共大体一〇%程度に荒利益を見込んでいたので、落札に成功するためにはその以下であることを要し、控訴人が日立造船桜島工場の全工事量の七五%まで落札し得たことは、如何に低利益であつたかを物語るものである。

次に材料比率について、日立造船および同業者が請負金の七〇ないし八〇%とし、残り二〇ないし三〇%を工賃および荒利益としたことは、国の労災保険もこの業種について請負金額における工賃比率一六%を基準として保険金を徴収し、他を材料費その他としていることに徴しても、之を判断し得る。これらの点についても国税局の調査は杜撰であり、右のような低い材料率で厳格な検査を受けねばならぬような工事のできたことも棚卸材料の多かつたことの裏付けとなる事柄である。

(二)  被控訴人の主張

控訴人が昭和二七年当時型置場倉庫を使用していた事実は原審どおり否認するが、仮に右使用の事実があつたとしてもそれは原判決理由三に摘示のとおり、その一区画にすぎないものである。

(三)  証拠関係

控訴人

検甲第一ないし六号証提出、当審における証人村田松太郎、森岡満、中野文雄(第一、二回)の各証言、控訴人本人の供述(同上)および検証の結果援用。(検証調書添付見取図中、型置場倉庫の南北の長さ九、三二米とあるのは北辺より中央赤点線による区画の線までの距離なることに争ない)。

被控訴人

当審証人長町利通の証言援用、検甲号各証が本件現場の写真であること、および各裏面記載の事実を認めた。

理由

第一、当裁判所の次の(A)(B)の二点についての判断および本件の各書証の引用に際しての略称方法はいずれも原判決理由冒頭より同三枚目表一二行目までと同一であるから、これを引用する。

(A)  控訴人の昭和二七年度分所得につき、同人より確定申告および修正確定申告の提出があり、これに対し被控訴人が更正決定および重加算税徴収決定をなし、控訴人の大阪国税局長に対する審査請求が棄却されたまでの経過、並びにこの間における双方の主張の相違点は同年度の期首材料棚卸額が控訴人主張の金一、三〇六万円であつたか、被控訴人主張の二九五万六、〇〇〇円であったかの点に存したこと。

(B)  控訴人が昭和二一年頃より日立造船株式会社(以下日立造船と略称する)桜島工場の仕事を請け負うことになり、同工場内の造船型置場建物の階下の一部を材料置場等として一時は三区画(一区画は間口約二間奥行約五間)を借受けていたが、昭和二五年三月控訴人同様同階下を借受けていた他の下請業者と共に日立造船から明渡を求められ、控訴人は昭和二七年初めまでに二区画を返したが一区画は同年末まで使用していたこと、従つて同年初めに控訴人所有の材料は右一区画と安治川岸壁の倉庫とに納められていたこと。

第二、控訴人の昭和二七年度期首棚卸額につき、同人が大阪国税局国税査察官に対し提出した昭和二五年より二七年迄の各年度末棚卸材料明細書(乙第八号証の二)には、昭和二六年一二月末日の分を原判決別表第二のとおり金二九五万六、〇〇〇円と表示している。一方控訴人が昭和三〇年三月三日検察官の取調べに際し提出した明細書(乙第一六号証の二)には、昭和二六年一二月末事務所隣接材料置場分(同号証の一の供述記載によれば前記安治川岸壁倉庫に該当)金二九五万六、〇〇〇円、同年度末型置場横倉庫材が金一、〇一〇万四、〇〇〇円との記載がある。そこで右のいずれの記載が真実であるかを次に検討すると、甲第三号証の十(吉川善行)および原審における控訴人本人の供述によると、同人は国税局係官に対し、右型置場倉庫にも貯蔵していた事実を述べたが、同査察官の取調当時にはすでに同倉庫を明け渡していたためとり上げてくれなかつたというのであり、これに対し昭和二八年五月一日より七月一日まで一一回にわたる国税局査察官の控訴人に対する取調経過を乙第一ないし第一一号証によつて見る限りにおいては、右型置場倉庫に関しては全く記載がないことは事実である。そこで進んで右金二九五万六、〇〇〇円なる金額は、原判決の認定したように、右岸壁倉庫および型置場倉庫の二ヶ所に在つたものの合算額であるか、或は岸壁倉庫所在のもののみの評価額であつて、別に型置場倉庫内に控訴人の主張するような多額の在庫品があつたか否かについて考察しなければならない。

ところで甲第四号証の九(中野文雄)に当審証人中野文雄(第一、二回)の各証言を綜合すると、前認定のとおり昭和二五年三月中日立造船が各下請業者に型置場倉庫の明渡を求めたのに対し、他の業者はすべて直ちに明渡を完了したのに拘わらず控訴人のみは前記認定のとおり、二年ないし三年を経て漸く明渡したのであり、(同証人の証言によると最後の明渡は昭和二八年一月中旬以後という)日立造船側においてもこれを問題として、控訴人に対して再々明渡を督促していた事実が明らかである。而もこの当時控訴人は専ら同会社の下請の仕事を他の同業者との競争入札により行つていたのであるから、このような立場に在つた控訴人だけが同業者全員即時明渡の後、而も親会社から再三強硬に明渡を求められながら、これを遷延したことから見ると昭和二七年度に入つて後も岸壁倉庫と型置場倉庫(一区画)の双方にそれぞれ相当の在庫品があつたと見るのが相当で、若し岸壁倉庫の在庫品が少いか又は型置場倉庫のそれが少なく或は価値の乏しいものであつたとすれば、少々の無理をしてでも、例えば型置場倉庫の在庫品を岸壁倉庫に移すなどの方法により、型置場倉庫の明渡請求に応じたであろうことは推察に難くないところである。一方日立造船においても度々明渡を請求しながら、結局控訴人についてのみ明渡が二、三年にわたつて遅延の結果を生じたわけを考えると、控訴人の在庫品についてのみ他の業者と同一の取扱のできない理由があつたためであると推認するのが相当である。これに加えて、甲第四号証の四(田中善政)同じく十(長田清治)同第五号証の五、六(控訴人本人(検))を綜合すると、控訴人は右会社から再三明渡請求を受けたが、型置場倉庫の内特に一番端の部分には、岸壁倉庫に貯蔵の分以上に岩綿ロープ、硅藻土、マグネシア、アモサイト、岩綿等大量の材料が入れてあつたため、先ず型置場倉庫の真中の倉庫の在庫品を主として使い、これを使い切つた上で昭和二七年の始までに同倉庫を明け渡し、その後同所の一番端の倉庫の材料品を昭和二七年の暮迄に使い切つて、これを明け渡したことが認められる。

又甲第四号証の八、九、第五号証の六、乙第八号証の一、第二五、三七、三九、四〇号証中夫々原判決に引用された供述内容も、これを甲第四号証の二、四、六、第五号証の一ないし六原審証人田中善政当審証人中野文雄(第一、二回)の各証言、原審および当審における控訴人本人の各供述、当審検証の結果と比較して検討してみると、それほど有力な証拠とも考えられない。乙第二三、二四号証、原審証人岡崎成胤、当審証人長町利通の各証言、その他被控訴人提出援用の全証拠によるも、右の各判断を覆えすに足りない。

以上に掲げた各証拠関係を互に対比して検討してみると、型置場倉庫について全く取調をした形跡の認められない国税査察官に提出された前記乙第八号証の二の明細書記載の金二九五万六、〇〇〇円なる金額は、岸壁および型置場の両倉庫の貯蔵品の合算額であつたと見るよりは、岸壁倉庫に納められていた分のみの評価であつて、型置場倉庫の分は含まれていないと見るのが相当である。又控訴人自らかかる過少の申告をした理由としては、昭和二五年末以来一年以上にわたつて告訴事件にまで及んだ先妻との離婚紛議と病気による心労および前記期間中の国税局の取調による疲労等が影響したものであることが、甲第五号証の一ないし三、同第三号証の九、十等の記載および原審控訴人本人の供述により窺うことができる。

而して型置場倉庫に納められていたものの価額が乙第一六号証の二記載のとおり金一、〇一〇万四、〇〇〇円であつたか否かは、直ちに確定し難いが、岸壁倉庫の分より大量であつたこと先きに認定したとおりであるから、評価額も当然これを上廻るものと見るべきであり、従つて両倉庫の分の合算額は被控訴人主張の評価額の倍額を少くとも上廻ることは間違いないものと考えなければならない。してみると、右の合算額が、被控訴人評価額の倍額をいか程上廻るかの点および同期売上金に対する使用材料率および利益率(この利益率についても他の業者との競争の関係上荒利益が一〇%以内であつたことが甲第四号証の四(田中善政)第五号証の六(控訴人本人(検))により窺われるのであるが)、等について考察するまでもなく、被控訴人が控訴人の昭和二七年度総所得金額を金九七六万四、八七九円と算定したことは、甚だしく事実と相違するものと見なければならない。かくして当裁判所の判断は、先きに控訴人に対する所得税法違反被告事件における、本件と同一の争点につき、大阪地方裁判所が昭和三二年一〇月一五日宣告した無罪一審確定の判決(甲第二号証、当審控訴人本人第二回供述)と基本的に一致するわけである。

このように考えると、原判決において控訴人の確定申告書の提出が所得税額の計算の基礎となるべき事実の全部又は一部を隠ぺいしたところに基づいてなされたものであるとの認定につき挙げられた各証拠(原判決理由五の項に列挙)によつても、以上に掲げたすべての証拠関係およびこれに基づく判断と対比して考察すると、いまだ右隠ぺいの事実を認定するに不十分であると謂わなければならない。

以上の次第であるから、本件重加算税賦課処分はその要件を欠くものと謂うほかないので、右の徴収決定に違法があるとして、その取消を求める控訴人の本訴請求は正当として認容すべきである。よつてこれを棄却した原判決を取消すべきものとし民訴法第三八六条九六条八九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 沢井種雄 裁判官 村瀬泰三 裁判官 兼子徹夫)

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